夜中、トイレに行こうとして躓いたらしい。
朝方、母が悲痛な顔で私の名前を呼んだ。
「立たれへん…動かれへん…」
あの母が弱音を吐くなんて珍しい。
私も一瞬で目が覚めた。
救急車を呼んで、家の中は一気に大騒動。
「119ばん…いや、119でええんよな?」
こんな時に限って一瞬固まる私。
「意識ありますか?」「動かせますか?」「持病ありますか?」
矢継ぎ早の質問に答えながら、頭の中はもう優先順位のパニック。
私も着替えなあかん。母も着替えなあかん。持ち物も準備せなあかん。
そんな事考えてる間にも、電話口の質問は続く。
必死で答えてるうちに、遠くからサイレンの音。
「もう来た!?」
早すぎるやろ、ってくらいのスピードで救急車が到着。
バタバタと家にあがってきた消防隊員さん、母の部屋を覗いて一言。
「あれ?お母さん着替えてはりますね」
……着替えてる真っ最中を、そもまま目撃されてた。
さっき「立たれへん、動かれへん、」言うてたよな?
そら着替える元気はあったんかい!
しかも気付いたら、私はまだパジャマのまま。
母だけが先に着替えを終えて、そのまま救急車の中へ。
結局、母を見送りながら私は部屋でバタバタと着替えて、慌てて後を追って乗り込んだ。
優先順位に頭を抱えてた私を目尻に、母はちゃっかり一番乗りで救急車の住人になっていた。
ちなみに②の時も、似たようなことがあった。歯を磨いてた。
「動かれへん」言われて救急車呼んだはずやのに、電話している間にちゃっかり動いてた母。
うちの家、緊急事態でもマイペースは崩さんタイプらしい。
そして、診断は圧迫骨折。
病院で一泊、その後はショートステイへ。
その間、私はと言うと――
ケアマネに連絡。
仕事を休み。
母が帰って来る準備で走り回る。
母を迎えるにあたって
玄関には手摺。
トイレにも手摺。
介護ベッドを搬入。
車椅子導入。
風呂には滑り止めマット。
そして、念の為にオムツも購入。
「これで少しでも安全に暮らせるやろ」
そう思って、せっせと準備した。
そして1ヶ月後。
母、帰宅。
私はちょっと感動していた。
「これで安心して生活できるな」と。
……が。
帰って来た瞬間から母の怒りスイッチ発動。
「何やのこのデカいベッド!!」
「手摺いらんねん!!玄関狭なる!!」
「トイレまで狭いわ!!」
そして極めつけ。
私がそっと置いていたオムツを見つけ、
「オムツなんか誰が使うの!!」
と大激怒。
いや、こっちは保険として置いただけやねん。
まるで私が明日から強制オムツ生活を始める計画でも立ててたみたいな勢い。
その後、業者さん再び登場。
私の努力、まさかの全撤去。
で、現在の母。
何事も無かったかのように、
毎日、自分で押入れに布団を上げ下げしている。
圧迫骨折とは何だったのか。
あの介護ベッドの存在意義とは。
そして今日も母は、自分で押入れに布団を入れている。
圧迫骨折より強かったのは、母の意地。
救急車って呼んだら意外と早い。準備してない間に来るから、
こっちもテンパって、何が緊急事態なのかすら分からなくなる。
保険証、お薬手帳、財布、ハンカチ、マスクなど、すぐに持ち出せるように
まとめとく方がいいなと思った。


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