大切な人〜引っ越しの日、母の言葉〜 ⑥

寄り添う手のイラスト 介護日記

母の施設移動が決まった日。
迎えの車の中で、母がぽつりと言った。

「ふーちゃん、長かったなあー」

その一言で分かった。母は、家に帰れると思っている。

胸がぎゅっと痛んだけど、平静を装って言葉を返した。

「お母ちゃん、もう少しだけリハビリしてから帰ろうなー。いっぱい動いて筋肉つけてから帰らんと、家の玄関の段差、上がられへんでー」

母は黙っていた。聞こえていたのか、聞こえていなかったのか、今もわからない。

「ここはどこや?」

新しい住まいに着くと、母は辺りを見回してこう言った。

「ここはどこや?私、なんでここに来てるん?」

何もわからないまま連れて来られた不安。それを思うと、こちらまで胸が締め付けられた。

妹と一緒に3階へ上がり、部屋に家具を運び入れる。私は下で入居手続き。10時から14時までかかる予定が、契約時に済ませておいた分もあって、午前中で終えることができた。

久しぶりの「いつもの母」

手続きを終え、母と妹と3人でお寿司へ。

久しぶりに食べるお寿司に、母は箸が止まらなかった。お寿司10個、茶碗蒸し、デザートまで。

たくさん食べてくれる母を見て、「ああ、いつもの母や」と思えた瞬間だった。元気でいてほしい、心からそう思う。

食後はドラッグストアに寄り、部屋に足りないものを買い足して、3人でゆっくり歩いて帰った。

「みんな、黙って居なくなるねん」

部屋に戻ると、母は今朝までいた施設の話をし始めた。

「みんな、黙って居なくなるねん。病院とか施設に連れて行かれてるんやろなあ〜」

「私の、今日みたいにみんなそうなるんやな」

その言葉に、返す言葉が見つからなかった。話をそらして、こう伝えた。

「ここでは鍼の先生も来てくれるし、リハビリも週に3回あるから。体力つけて頑張って帰ろうな」

何度も同じことを言っている自分に気づく。母のためというより、自分を落ち着かせるための言葉だったのかもしれない。


曇り空で少し涼しかった日。雨マークが消えていたのは、神様からの小さなプレゼントだったのかもしれない。

新しい生活が、母にとって少しでも穏やかなものになりますように。


「前回のお話はこちら→大切な人⑤」

「大切な人」シリーズ、続く

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