日曜日の朝。
まだコーヒーも入れていないのに、スマホが鳴った。
妹ボスである。
「もしもし」
「あ、姉ちゃん。母の施設の買い物リストちょうだい。買うやつ確認するから。」
ふむ。
休みの日にまとめて買い出しでもする気だな。
私はそう解釈した。
「ほな、メモしてな」
「うんうんうんうんうん」
……早い。
まだ何も言うてないのに、もう「うんうんうんうんうん」が5連発である。
小忙しいのは伝わってくる。
しかし、これから買い物リストを読み上げる私の身にもなってほしい。
「洗剤、シャンプー、ゴミ箱……」
「うんうんうんうんうん」
つ、次いくで。
「〇〇と、あと……」
「うんうんうんうんうん」
もはや相槌というより、BGMである。
何かのリズムゲームかと思うくらい、安定した「うんうんうんうんうん」。
一通り伝え終わって、私は付け加えた。
「今日買い物行ったら、買った物LINE入れといてな。重複せんように」
すると、電話の向こうの妹ボスの動きが止まった。
「私、今日仕事やで」
ん?
一瞬、時が止まった。
今日仕事なら、今、休みの日にする買い物の話を、なぜ朝から電話してきたのか。
私の頭の中で「?」が量産されていく。
「……今度いつ休みなん?」
「水曜日」
今日は日曜日である。
そして私は先日、火曜日に契約を済ませてから買い物に行く、とちゃんと伝えていたはずだった。
なのに次の瞬間。
電話の向こうから飛んできたのは、
「水曜日やん!!」
なぜか、怒られた。
いや、怒りたいのはこっちである。
「私、火曜日休みやから、契約終わったら買い物行くって前に言うたやん」
もう一度説明する私。
朝から一体、何と戦っているのか。
妹ボスよ。
気づけば、謎の理不尽バトルに巻き込まれている。
日曜日の朝。
テンションだけが、ゴリゴリ削られていく私であった。
そして事件は、これだけでは終わらなかった。
翌日の月曜日。
また妹ボスから電話がかかってきた。
今度は、新しい案件を引っさげて。
「5日の入所の日、お昼どうする?」
……ん?
5日は母が実際に施設へ入る日である。
「お昼どうする?」という話から、母に施設で食事をしてもらうのか、それとも私たちと一緒に外へ出るのか、という話になった。
そして妹ボスが言った。
「お寿司食べに行こう」
いいアイデアである。
……ただ、私には一つ気がかりがあった。
施設に入ったばかりの母を、一度外へ連れ出してしまったら、
「もう家に帰る」
と言い出さないだろうか。
そこが心配だった。
結局、持ち帰りにするか、外食するかは、その日の母の様子を見て決めることにした。
施設側には、
「食事の支度は不要です」
とだけ伝えることにする。
ここまでは、まだ平和な話だった。
妹ボスの「半分の中身」
問題は、ここからである。
妹ボスが繰り出した、本命のアイデア。
「母がどうしても施設を嫌がったら、やっぱり家に帰したらいいと思う。12月まで待ってくれるなら、私、仕事辞めて単発バイトにして、母の面倒半分見るし」
一瞬、感動しかけた。
妹ボスが仕事を辞めてまで、手伝ってくれる気になったのか。
「じゃあ、あんたの家のことは?」
「別に大丈夫やん。昼間見るから」
……昼間。
「いやいや、夜は私かい!!」
そうなる。
下で母と一緒に寝るのは、私である。
夜中に何度もトイレに起きる母を、暗い中で支えるのも私。
ふらついて転ばないように気をつけるのも私。
つまり、一番気を使う時間帯が夜なのだ。
そこをまるっと私に置いていくスタイルの「半分」。
私は妹に言った。
「お母ちゃんが帰ってきて、私が一番心配なんは転倒やねん」
すると妹は、
「お母ちゃんに言っといたらええやん、これが最後やでって」
……。
えっ?
認知症の母に、
「転ばんといてな」
と言って、それで済むと思っているのか。
いや、言うことを聞いてくれるなら、誰も苦労していない。
さらに妹は言った。
「これを最後にしたらええんちゃうん。骨折したらした時や」
…………。
えっ。
「それで最後にしようや、なっ。」
いやいやいや。
その先は?
もし転倒して骨折したら、入院になる。
入院したら、介護の負担がなくなるどころか、手続きや面会、必要な物の準備、病院とのやり取り。
そして退院後のことまで考えなければならない。
もっと忙しくなる。
そう。
私が。
私は「骨折したら、その時考えればいい」とは思えない。
骨折しないように、どうするかを考えている。
転ばないように環境を整える。
夜中にふらつく母を支える。
何か起きる前に、できることをしておく。
それが今、私が考えていることなのだ。
「半分」の意味、ズレてます
妹ボスの言う「半分」と、私の言う「半分」。
どうやら、まだかなり意味が違うらしい。
私が求めているのは、昼間だけ母を見ることではない。
夜も含めて、一緒に背負う「半分」である。
母の隣で一緒に寝てくれる「半分」。
そこがクリアされない限り、私はこのまま施設入所の方向で、静かに話をまとめるつもりでいる。
だって、昼間だけ半分見てもらって、夜は私。
それでは私の負担、ほとんど減っていない。
介護って、
「ちょっと手伝うよ」
と、
「一緒に背負うよ」
では、意味が全然違う。
妹ボスには、まだそのあたりの温度差があるらしい。
とはいえ、朝から「うんうんうんうんうん」に始まり、昼間だけの「半分」に終わる。
こうして私の数日は、またしても妹ボスに振り回されていく。
「笑えたら、今日も大丈夫」
そう思っている。
……ただ最近は、
笑うまでの助走が、だいぶ長くなってきました。


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