だいぶ前の出来事になるが、私はバスを使って仕事に行っていた。
毎日同じ時間のバスに乗っていると、なんとなく顔ぶれも決まってくる。
「あの人、今日は病院かな?」
「この人は毎週この曜日に乗ってくるな」
そんなことを考えながら、私は勝手に人間観察をしていた。
曜日によって乗ってくる人も違う。
毎日のように同じバスに乗っていると、名前も知らないのに、なんとなく「いつもの人」になっていくから不思議である。
そんな「いつもの人」の中に、私の一つ先のバス停から乗ってくる人がいた。
一人での移動に少し不安がありそうな人だったが、いつも一人でバスに乗ってきていた。
その日も、いつものように乗ってきた。
ところが、その日は何か考え事でもしていたのだろうか。
降りるはずのバス停を乗り過ごしてしまったらしい。
本人も気づいたようで、慌てた様子で運転手さんに、
「降ろしてほしい」
と伝えている。
もちろん、バス停ではない場所で降ろせないことは分かる。
運転手さんも、
「ここでは降りられません」
と伝えていた。
そこまではいい。
問題は、その後だった。
運転手さんは、まだ何個か先の大きな駅を案内、そこで降り、向かい側のバス停へ行くように案内した。
いやいや。
次のバス停で降りてもらったらええんちゃう?
私はそう思った。
その人は、すでに半分パニックになっているように見えた。
本来なら、私が降りるバス停の一つ前で降りるはずだった。
それなのに、さらに先の先まで行って、そこから向かい側のバス停へ行く。
そして私が降りるバス停が来た。
本人からしたら、余計に訳が分からなくなっているように見えた。
私はバスを降りたが、
でも、どうしても気になった。
見ていられなかったのだ。
私は運転手さんに、
「ここで降りてもらえばいいんじゃないですか?」
と言った。
そして、なぜか続けて、
「私が連れて行きます」
と言ってしまった。
こういう時だけ、行動が早い。
その人と一緒に歩き、手を繋いで横断歩道を渡る。
そして、折り返しのバス停まで行った。
ベンチに座ってもらい、バスが来るのを待つことにした。
待っている間、
「会社の電話番号、分かる?」
「分かったら、私から電話しようか?」
と声をかけてみた。
でも、会社の電話番号は分からないという。
そうか。
じゃあ、とりあえずバスを待つしかない。
二人でベンチに座り、バスを待った。
やがてバスが来た。
私は、その人がちゃんとバスに乗るところまで見届けた。
そして私は、職場へ向かった。
もちろん、遅刻である。
人助けをしていたので、理由としては申し分ない。
申し分ないのだが、遅刻は遅刻である。
そして、職場へ向かいながら、ふと思ったことがある。
こっそり言うが、私はその人のことを「僕」だと思っていた。
「僕、手を繋ごう。一緒に行こう」
そう言いながら、手を繋いで一緒に歩いた。
ところが。
本当は、おばさんだった。
……人間観察をしていたはずなのに。
最後に一番、観察できていなかったのは私だった。


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