販売員をしていると、たまに現れる。
“買う気ゼロ、会話フル装備”のマダムが。
その日もマダムは当然のように現れた。
「今日はあんたなんやね」
軽く返した。
ほんまに軽く返しただけやった。
そこから始まるエンドレス会話。
こちらの質問は綺麗にスルー。
代わりに飛んでくるのは質問に質問。
しかも全部、インソール一切関係なし。
店はこういう日に限って暇。
「次のお客様が…」の逃げ道もない。
途中でマダムが急に言った。
「うちの旦那、男前やったで〜」
ちょっと嬉しそうに話した次の瞬間。
「死んだで」
……軽っ。
重い話のはずやのに、
天気みたいなテンションで言うから、こっちの感情が追いつかへん。
でも確かに思った。
(この人、強いな)
そして突然始まる第二ラウンド。
「私、何歳やと思う?」
きた。
販売員人生最大の地雷質問。
頭の中フル回転。
(60代は絶対アカン。
でも70って言って怒られへん?
いや、もう分からん…)
するとマダム、自分から答えた。
「68やねん」
(そんなアホな)
そう思った瞬間、顔に出たんやろう。
私は引きつった笑顔で、
「やっぱり〜😊」
と言ってしまった。
即座に返ってくる。
「相応やろ?」
地獄や。
さらに追い討ち。
「ほんまは84やで」
もうどこから本間で、どこから冗談なんか分からん。
完全にマダムのペース。
そして最後の追撃。
「蛇に睨まれたカエル、なんぼや思った?言うてみ」
……何の問題?
今日だけで何回テストされるねん。
しかも全部、正解が存在しない。
頭のリソースはとっくにゼロ。
結局その日、私は一つも商品説明をしていない。
最後にマダムは、
「今、何時?」
とだけ聞いてきた。
「12時半です」
「ほな帰るわ」
そう言って、来た道を何事もなかったように帰って行った。
残されたのは私と、
売上ゼロの30分。
ただひとつ分かった事がある。
販売員は接客業ではない。
時々、ボス戦である。


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