無料の香りだけ纏って帰る男

たまに店舗に現れる男性客がいる。

入ってくる時の勢いが毎回すごい。

ジャケットにパンツ、革靴。
ネクタイは無し。

見た感じ、ビジネスマン。
でも“お堅い会社員”というより、
「営業できます」「人当たり良いです」
みたいな空気をまとっている。

歩き方も颯爽としてる。

迷いが無い。

ただ、その一直線の行き先が――

メンズ化粧品コーナーの
オーデコロン。

到着した瞬間、
ジャケットをバサッと広げ、

ワイシャツに向かって

シャーッ
シャーッ
シャーッ
シャーッ
シャーッ

最低5振り。

しかも躊躇ゼロ。

店員より使い慣れてる。

そして満足した顔で、
何事も無かったように去っていく。

毎回や。

いや待って。

そんな“出勤前の最終仕上げ場所”みたいに使う?

もしかして今日は勝負の日なんか?
商談?
デート?
プレゼン?
合コン?

でも、どの日も
ちゃんと5振り。

多いねん。

しかも未だに
一本も買った所を見た事がない。

たぶん彼の中では、
この店は“購入する場所”ではなく、

“香りを借りる場所”

なんやと思う。

最近では、
入口から入ってきた瞬間、

「あ、今日もシャーシャー来た」

って分かるようになった。

「もはや、彼のためにテスターがある」

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